人生で初めて救急搬送された話
皆さん、お久しぶりです!どきどきです。
え、何で今さらブログなんて投稿しようと思ったの?と思った読者の方!理由は簡単です。めちゃくちゃ暇だからです笑。あと、記録に残しておかなくちゃ!っていう話題ができたからです。
暇というのはですね、、、実は僕、約1週間前に台湾に渡航して、現在は2週間の集中隔離の真っ只中なんです。(まあこのブログ読んでる人は知り合いか友達なので知ってると思うけど笑)隔離中はNetflix観たり、読書したり、勉強したり、時間は潰してるんですけどねぇ。2週間って長い!とにかくしんどいもんですよ泣。コロナ滅びろ。


(台北桃園空港 写真これしかなかったごめん)
さて前置きはここら辺にして、
題名にもあるように、人生で初めて救急車に乗って病院に運ばれてしまいました。さらに搬送先の病院で数日間入院することになってしまいました。
あ、予め言っておくと、僕の健康状態は全く問題ありません。すこぶる元気です!なので、これは一種のタイトル詐欺ですね笑。心配してくださった皆さん、ごめんなさい🙏
では、ここからいよいよ救急搬送されることになった当日から入院中の出来事について書いていきます。
救急搬送されたのは隔離5日目の話です。
朝起きた時点では、前日から続く喉の痛みと鼻水以外、体調に問題はありませんでした。喉と鼻水に関しても、どうせエアコンでやられたんだろ、すぐ治るやろ、という程度の軽い認識で特に気にしていませんでした。いやー甘かったです…
朝食後は隔離期間中の日課になりつつあった運動をしました。決して人には見せられませんが、坂道グループのダンスを踊り、NHKの『みんなで筋肉体操』の動画を観ながら筋トレをして、ムキムキのボディを手に入れるために懸命に努力していました。

(引用『みんなで筋肉体操』より)
異変に気づいたのはその後。妙に体が熱い…。運動後だからだと思っていましたが、体温を計ると、まさかの37.3℃!!我發燒了!(熱出てるじゃん!)
嘘だろ!?と思いましたよ。なんてタイミングが悪いんだ!って。だって、熱出すの小学校6年生以来なんですもん。高校生の頃なんてインフルかかったけど、熱全く出なくて感染に気がつかず普通に登校してたくらいですからね!(迷惑な話です)
微熱程度だし、このまま放っておくこともできたんですが、最悪の場合を考え、早めに申告しておくことが最善だと判断しました。というわけで保険衛生局に電話。身元と症状など必要事項を伝えると、「温かい飲み物を飲んでゆっくり休んでくださいねー」なんて言われるのかと思いきや、、、
「至急救急車を手配します。荷物を準備して待っていてください。」
ええええ!!!???
ここで人生初の救急搬送が決定。え、微熱だよ!2日くらい暖かくして寝込んだら多分元気になるよ!
しかし、症状が軽度でも最悪の事態を想定して、厳しい措置を取る、だからこそ台湾はコロナを上手くコントロールできているんだなと納得できました。
電話から約30分後、遂に救急車が到着しました。しかもちゃんとした急病人を搬送する救急車です。救急車が来るって言っていたんだからそりゃ救急車が来るだろ、と言われてしまえばそれまでなんですが、僕はてっきり救急車とは名ばかりのタクシーやバンが来ると思っていたんですね。なのでガチの救急車を見て、めちゃくちゃ驚いちゃったわけです。
全身完全防備の隊員さんに案内され、救急車に乗り込むと、周りを白いビニール製のカーテンで周りを囲われました。うわ暑っ、感染対策バッチしやなぁ。

(救急車で搬送中の様子)
そしていよいよ救急車は出発。けたたましいサイレンを鳴らして台中の街を駆け抜けていきます。外に出るのも久しぶり、そして何より台中の街を見るのは初めてだったので、正直不安よりもワクワクの方が大きかったかもしれません。しかし、その高揚感はすぐに不安と罪悪感に変わっていきました。
「自分が感染していて、自分のせいで市中感染が広がってしまったらどうしよう。今目の前にいるこの台湾の人たちに迷惑をかけてしまうかもしれない。」
救急車のサイレンに反応して、道中の人々が次々とこちらに顔を向けてきます。世界的にも類を見ないレベルでコロナを抑え込むことに成功している台湾。そんな台湾で過ごす人々を実際に目の当たりにすると、自分次第でこの人たちの生活が変わってしまうかもしれない。自分の責任は重大なんだと気付かされました。
そうこうしているうちに、救急車は病院の地下にある特別外来入口に到着しました。看護士さんに案内され、最上階へ。完全防備の看護士さんや医者、人気の無さから察するに、コロナ(疑惑)患者用フロアのようでした。案内された病室は一人で使うのには勿体ないくらいの広さ。少し古くて、清潔感はイマイチでしたが全く問題なく使用できました。

(病室 10畳以上あったかな?広さ伝われー)

(病室から台中市街が一望できました)
血液採取、尿検査、綿棒で鼻グリグリ(痛いんだよなあれ)と一通りの検査を終えると、あとは自由時間。何だかさっきより体が重い気がする。熱を計ると37.8℃。朝より上がってるじゃん…。本当に感染してしまったんじゃないかとますます不安に襲われてしまいました。
もし日本で同じ症状が出ても、多分風邪だろうな〜ゆっくり寝るか!コロナでもしょうがないや!くらいの軽い感覚だったはずです。しかし、感染者がほぼゼロの異国の地で、さらに病室で完全隔離されてしまった状況では、日本と同じ感覚でいられるわけがありませんでした。自分はきっと感染したんだ、色々な人に迷惑をかけてしまうんだと悪い自己暗示をかけられる上、隔離期間の延長や治療費など心配事が重なり、次第に精神的に追い込まれてしまいました。
一日目の夜はあまり寝つけませんでした。
入院3日目になっても、まだPCR検査の結果は届きませんでした。しかし、お昼過ぎ病院から突然のLINEのメッセージが。
「今日の午後には退院できるよー」
ええーーーーーーーー!!本当に突然過ぎませんかねぇ笑。PCR検査の結果何も聞いてないよ!陰性だったってことでいいんだよね??
その後、保険会社と急いで連絡を取り合い、全額負担してくれることになりました。(保険会社の担当者がわざわざ台北から駆けつけてくれました。本当にありがとうございます😭)
ちなみに、3日間の入院は治療費・生活用品込みで、総額NTD1,000(約3,800円)でした。コロナ(疑惑)患者の隔離に関しては、台湾政府の補助金が出るらしく、外国人である僕もその恩恵を受けることができました。
なんて優しい国なんだ台湾🇹🇼!!ありがとう!
結局無事に退院することができたわけですが、もうこんな目に遭うのは二度とごめんですね笑。精神的に本当に追い込まれました。まあ、こんな世界的な非常事態は一生の間に再び起こるとは思えませんが…(ってか、起こらないでくれマジで)
長々と書いてきましたが、ここらでおしまいにしようと思います。入院してから退院までは書くの面倒くさかったので端折りました笑。ここまで読んでくれた皆さん本当にありがとうございました。
そして、何よりも今回の騒動でお世話になった医療従事者の方々には本当に頭が上がりません。ありがとうございました。
それではまた機会が有れば何か書きに来ます!バイバイ👋
マラヤ大学行ってきたよ
KL行き尽くして、暇だったのでマレーシアの東大!マラヤ大学(UM)に行ってきました。
まずは宿泊先のKLセントラル駅からKTMに乗車

UMの最寄りKerinciで下車
そこからは行き方がよく分からなかったので、Grab使ってUMへ

中央図書館
UMで一番大きい!!学生カードとかなくても入館は可能。めちゃくちゃザル
でもキドはバカなので、見学したい旨を正直に館員に伝えた結果、
部外者はダメだ!
と追い出させるハメに
というわけで、図書館入れませんでした。
まじでごめん🙏🙏


気を取り直して、人文社会科学部棟へ
図書館からは徒歩で2、3分なので、すごく便利
よかったね😊




建物の中はちょっと古い感じ。薄暗い感じが、地元の公立中学校みたいな雰囲気だった。(分かってくれーー!)
キド的には嫌いじゃない。



人文社会科学部棟の近くには、小さめの食堂が!
朝の10時にも関わらず、多くの学生が集まってた。
小さいにも関わらず、料理はインド料理、マレー料理、中華料理と豊富!!
しかも値段が安い!!ナシゴレン3RMだよ、信じられない🤪🤪
学内にはもっと大きな食堂もあるはずだから、学食に関しては心配いらないね!



図書館の隣には24時間の自習室も併設。
席数は多くなかったけど、エアコンガンガン、電源プラグあり、PCルームありで、結構快適だったな。




図書館の向かいには、何やら新築の綺麗な建物が…
中には銀行ATM、書店、診療所、薬局がついてた。
書店には個人的に買いたい本が5冊くらいあった。まあ、ほぼマレー語文献だから読めないだろうけど…
診療所や薬局は、中までは入れなかったけど、設備しっかりしてそうだった。
これで体調崩しても安心だね👍👍
まあ、周ったのはこのくらいかな?
全体的に感じたのは、マレー人の学生が多い!!体感的には8、9割マレー系だったね。ブミプトラ政策の影響かな??
ってことは、マレー語を使う機会が多いにあるってこと!!現地の学生と仲良くなって、ガンガンマレー語で話してこう!
目指せ英語とマレー語マスター!
あと、大学が広い広い!!こりゃ迷うし、歩ける距離じゃない。クソ暑いので、大学を循環しているバス、またはGrabを使おう。

マラヤ大紹介はこのくらいでーす。
適当で本当に申し訳ないです。
この情報が役に立ったら嬉しいなー😆😃
Jumpa lagi!
フィリピン4日目
今日は一日中大学訪問

訪問したのはLPUという有名私立大学
日本で言うと、早稲田慶應あたりかな?

わざわざ歓迎の看板を掲げたり、出迎えまでしてくれた



その後はバディと一緒に、大学見学をしたり、手で食べるという伝統的な食事を体験したり、日本語の授業を見学したり
フィリピンの授業スタイルはかなり自由
隣の友達と話したり、キョロキョロしたり、秩序が保たれていないように思った
でも先生の話はしっかり聞いていた
メリハリはしっかりしてるんだなあ

そして今日のメインイベント 日本文化紹介
僕らのグループは、日本に観光に来てもらうために日本の魅力についてプレゼン
かなりの時間準備に注ぎ込んだこともあって、詰まることなく上手くプレゼンできたと思う!
嬉しい😆😆😆
いやでもね、後から動画で見返すと、無駄な動きがまあ多いんよね。やってる時は気付がなかったけど。プレゼンはやっぱりひたすら準備して、何回もやって経験を重ねるしかないんやろうな
目指せスティーブ・ジョブズ!!

僕らを招待、案内してくれたフィリピン人学生一同
いやね、実は彼ら全員18歳以下なんですよ!
そんな彼らが司会進行、文化紹介、大学案内などなど、そつなくこなしてたんだよ
信じられない😨😨なんて大人びてるんだ
しかも、フィリピン人全般に言えることなんだけど、常に笑顔ですんごく人懐っこいんだー
初対面なのに、至れり尽くせりしてくれて本当に嬉しかった
フィリピン人のこの国民性大好きだな
ここからは、最終日のプレゼンに向けたお話
相互理解を進めるために、この学生交流みたいな草の根交流はとても有効だと思う
しかし残念ながら、日本人の若者は海外に出ることを躊躇う人が多い。内向きな人ばかり
ただ、一回でも海外に出ると自分が持ってた価値観とか偏見とか全部リセットされるから、彼らには恐れずに一回試しに外に出てほしい。
じゃあ、僕らは彼らが外の世界に興味を持つために、どんなことができるだろう?
最終日のプレゼンはこの課題を解決するための具体的な行動を詰めていく予定です!
頑張ろ
何はともあれ、今日お世話になったLPUありがとう!!
Thank you LPU!
おやすみ!
ふぃりぴん3日目ーー
3日目にしてかなり疲労が溜まっております。
キドです。


午前中はマニラのオフィス街BGCを見学
近未来都市として発展中
1日目のブログで、マニラはジャカルタやKLより高層ビルが少ないって言ったけど前言撤回
BGCに限ってみれば、シンガポールや東京に匹敵する発展具合。道路は広いし清潔。
ビルは40階以上のものもザラ。正直マニラなめてたわ。
ごめんなさい🙏🙏


午後はJICAを訪問。
JICAって農村に出て、井戸掘りのイメージが強かったけど実は違うのね
職員さんは開発援助の企画やそのために政府との交渉を行ってるとのこと。
つまり、田舎に行かなくていいってこと!!これは田舎嫌いのキドには朗報😆😆JICA興味持ったぞおお!
と喜びもつかの間、やはりJICA職員は学歴社会。説明してくれた頭の切れる職員さんは、某K大出身。
世の中そんな甘くねえんだなーと落胆
その後、JICA援助で作られたMRTに乗車!世界の電車が大好きなキドは、気分が高揚して、西武多摩川線やマレーシアのMRTのアナウンスを何かに取り憑かれたように何度も唱えてました。


うーん🧐乗れないことはない。
でも電車到着時刻は書いてないし、ホームドアもない。ドアが閉まるのが早い。アナウンスもよく聞こえない。降りる人優先しないし、何なん???
文句ばっかり出てきちゃった


最後はちょっと怖かった
マニラのスラム街「スモーキー・マウンテン」をバスから見学
粗末な作りの家、あふれるゴミ、人々の服装から、この街が置かれた状況がいかにひどいか肌で感じることができた。
一方で、一部の住人は自分達に向けて、手を振ってきたり、投げキスをしてきたり、幸せそうにも見えた。
実際はそんなことないと思うけど
今日はマニラの陰と陽を体験できた貴重な1日だった。
摩天楼にスラム街
フィリピンは、他の東南アジア諸国と比べて、格差が特に大きいように感じた。
何が違うんだろうね?
この問題を考えてたら頭が痛くなってきた
まあ簡単に答えが出てたら、とっくに貧困問題解決してるんだろうけど…
永遠の課題ですねえ

疲れたのでもう寝るね
ぐんない
フィリピン2日目
フィリピン2日目でーす
泊まってる部屋が東向きなので日の出がめちゃくちゃ綺麗でした

さて、今日の午前中は日本大使館を訪問しました!(セキュリティの関係で写真はなし)
大使館職員の方(日本人&フィリピン人)の方と両国の交流というテーマについて、英語でディスカッション
ブロークンイングリッシュながらも、そこそこ内容が難しい自分の意見を伝えられたのは、この1年の進歩だーー!嬉しい😆😆
UGMの時は全くディスカッションについていけなかったからね
あと、人前で話すことにもあんま抵抗がなくなったな
TuCoSのおかげかな??
昼食は中華



あとすんごい細かいんだけど、フィリピン華人は繁体字を使う人が多いのかな?
もちろん簡体字、繁体字両方あるんだけど、繁体字の方が多かった気がする
何か理由あるんかな?



午後はフィリピン政府公認の若者支援団体 National Youth Commission を訪問

こんな人形をプレゼントされた笑
夕ご飯は、NYCの方に招待されて、イントラムロスのフィリピン料理店へ


イントラムロスはスペイン占領期に建てられた要塞。太平洋戦争時には、日本軍が立てこもりマニラ地上戦の最終決戦が行われ、多くの市民が犠牲になった場所でもある


これはレストランの外観。スペインっぽいねー
赤い屋根がマラッカと似たものを感じさせる(マラッカはポルトガルだけどね)



夕食中は、フィリピン音楽・ダンスを楽しんだよー
衣装はbaju melayuに似てるし、ガムラン叩いてたし、やっぱり島嶼部は共通した文化をもってるんだなあ
最後の写真は、美人だなーって思ってた踊り手の方とセルフィー笑笑
まだ2日目だけどめっちゃ充実してる
公機関を見学できるのは、外務省のプログラムだからこそ
こんな機会滅多にない
本当参加してよかったな!
さ、明日からも頑張るぞおおお
おやすみ😴
フィリピン1日目!!
フィリピンとうちゃーく!

空港を出た瞬間襲いかかって来た、なんとも言えないあのモワッとした空気と車の排気ガス
インドネシアとマレーシアと同じ匂いだ!懐かしい〜〜!(分かってほしいこの感覚)
東南アジアって何でどこも同じような空気なんだろう…
ところで、僕が今回フィリピンに渡航したのは、外務省が行なっている「jenesys対日理解促進プログラムの派遣事業」というものに参加するため。
このプログラムの目的は、日本とASEANの若者同士が交流して、将来強固な両国関係を築くということ。
というわけで、遊びじゃないんだなー泣
空港到着後はすぐにホテルへ移動


(上) みんな大好きJollibee
(下)マニラの街並み
ジャカルタ・KLと違って、高層ビルがまだまだ少ない印象。建設途中のビル、空き地がたくさんあった。まだまだ発展途上なんだろうな〜
ちなみにホテルはCENTRY PARK HOTELという五つ星ホテル。めちゃくちゃ広い。個人の貧乏旅行では泊まれない…(部屋が汚いのはご愛敬)


夕食はフィリピン料理



驚くべきことにフィリピン料理は全然辛くない!ガイドさん曰く、スペイン料理の影響を受けているとのこと。スペイン料理って辛くないのかな…??
でもクルパック(えびせん)だったり、ココナッツミルクを使うあたり、ネシ料理との共通点もあって面白かったなあ!

最後は、ほぼ貸し切りナイトプールでエンジョイ!
今、乾季真っ最中のフィリピンは夜は25度を下回ることもしばしば。
普通にしてる分には快適なんだけど、ナイトプールはちょっと寒かった
というわけで、今日はこの辺で!
Magandang gabi!
ちょっと試し書き
初めてのブログなので使い方が分からない…
どんな風に書けばいいんだ…
というわけで、試し書きをしております。中身は全くないのでご容赦ください。
っていうか、そもそもなぜブログを始めたかっていうと、自分の旅の日記を付けたかったからです。
明後日にはフィリピン、2週間後にはマレー半島縦断旅、半年後はシンガポール留学が始まります。
もちろんTwitterやインスタでも投稿はできるけど、ブログは書ける量、貼れる画像の数々が圧倒的に多い!
というわけで、自分の気持ちや体験をいっぱい書きたい僕にとって、このブログというツールは最適だと感じました。
続くかどうか分からないけど、早ければまた明後日?会いましょうーーー
バイバイ